随筆集 生と死

■組織人

●作者のことば

●近況報告

 

バカ・アホ

岡本幹輝

  バカは漢字で表すと通常は馬鹿と書くが、これだと誤った語源としての司馬遷「史記」秦の始皇帝紀に記された話、つまり、始皇帝の死後に二世皇帝が献上された鹿を眼にして、権臣の趙高がこれは馬であるというので馬だと信じたというところに由来するやに受け止められるのを避けたかったからである。そうかと言って広辞苑や語源由来辞典に出ている莫迦・莫何や摩訶羅、つまり梵語(サンスクリット)のbaka、moha(痴)やmahallaka(無知・迷妄)の音訳漢字を宛てるのも一般的汎用の域に達していないと思われるので、ここではカタカナ表記にした。

 アホ又はアホウ の方は漢字に宛てると阿呆ということになる関西方面の慣用語であり、これまた「史記」始皇帝紀にある始皇帝の建てた巨大な宮殿「阿房宮」がその死後火災となり三カ月間燃え続けてあっけなく灰燼に帰してしまった故事に由来する言葉である。バカよりももっと痛烈な響きを持っている。これまた漢字を宛てるよりもカタカナで書いた方が実感が出る。それもアホウよりも短くアホと書いた方がよい。

さてこのバカとかアホは医学的に知能指数の足りない人、つまり精神薄弱者(精薄)とか白痴とかの特別の人々を指す言葉で差別用語ではないかとする人も居るようではあるが、しかし一般の用例はもっと広い意味で、間抜け、迂闊、場所柄を弁えない非常識者、英語で言えばそれこそ野球などでのbonehead(中身の脳味噌のない頭蓋骨だけの頭)のような使い方から、副詞や形容詞として程度の非常に大きいことを表す、「バカでかい」「バカ当たり」「バカツキ」などや、間投詞として思わず発する「バカ!」「アホ!」など、差別用語としての使い方とはどう見ても言えない使われ方をしている。もし差別用語だから言い換えろと言われても、身障者の場合のように、「体の不自由な人」に準じて「頭の不自由な人」と言えば、かえって嘲笑的な失礼な表現になってしまう。やはり差別用語として使用していない場合にはバカやアホという表現でいいのであろう。

しかし相手から「バカ(アホ)な野郎だ」とか「バカ(アホ)を言うな」と面と向かって罵られると、血が上り、途端にあたかも差別用語を使われたとして反論し、名誉毀損として訴えたり、政治の場では国会を解散する羽目にまでなったりする。「バカにするな!」と開き直る発言もよく耳にするところであるが、これも、本人の責任ではない生まれ付いての家柄、出身地、身体的特徴、性別や能力、学歴、職業、資産などを軽蔑してはいけないが、そうではなく、何度注意しても同じ失敗を不注意や意地になって繰り返す相手を軽蔑するのには、「バカは懲りない」や「バカの一つ覚え」としてバカとしか言いようがないではないか。

私は過去の自らの恥ずかしい言動を思いだす度に「バカだなあ」と思わず自らを責める独り言が口を突いて出て、近くに人がいた場合には不快な思いにさせることが多い。「お前はバカだよ」と言い直してもお前なる者が話者である自分自らのことと理解して貰えなければ誤解は解けない。しかし、いずれ近じかには私はこの生来の宿痾業病から完治、開放されるので、それまで今しばしお待ちになっていただきたい。「バカは死ななきゃ直らない」と言うではないでしょうか。

以 上

Copyright (C) 1990- Okamoto Mikiteru . All Rights Reserved