随筆集 生と死

■組織人

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決めたことと決め得ること

岡本幹輝

 よく組織の中で、「それはもうみんなで決めたことなんだから、いまさら反対を唱えるな!」と不満分子の発言を抑えることがある。もしも不満分子のその発言が決議機関の場で決定されたことに対しての再度の付議提案であるならば、一定のルールに則り一定の期間内であれば一事不再議、つまり同じ議案を再度審議しないという原則から、その発言を抑えるのは当然である。しかし、不満分子のしたその発言の場所が決議機関でないとすれば、発言者の意図が将来の捲土重来を期したものであるにせよ、あるいは単なる愚痴にせよ、これを抑えるのは基本的人権として誰にでも保証されている言論の自由に反することになろう。決めたこと・決まったことだからといって、これに反対する意向を示すのは、決議に参加した者であれそうでない者であれ何時にても自由であるべきである。そうでなければ少数の良心的な反対意見の持ち主は、常に無言を強いられることになる。しかし、日本人はいじらしいほどに、一度決めたことだからというだけで、反対意見を表明しつづけることを自粛してしまう。

 発言についてはそうであったとしても、それでは決めたこと・決まったことに対して、行動で反対を示すのはどうであろうか。発言の場合とは異なり、行動の場合には、事の次第では処罰を受けることもありうるであろう。たとえば国家という組織体の中で、破廉恥なことをしてはならないと決めて法律(たとえば刑法)が施行されたのに、その決定に反対して破廉恥なことを行えば、その法律に従って処罰されよう。破廉恥な行動ではなくとも、たとえば、左側通行に反対して車で右側走行したとしても、法(道路交通法)に基づき処罰されよう。いや国家ではなく一般の民間の組織体の中においても規則や定めがあれば、たとえば何時から作業を開始すると定められているのに、それを無視して遅刻したりすれば規則違反としてその組織体の中でぺナルティを課せられよう。スポーツのルールも同様である。

 しかし行動であっても、たとえば、国旗や国歌が法律で制定されたからといって、国旗に敬礼するなどの敬意を行動で表わさないとか、国歌を歌わないとかの不作為な行動、つまり何もしないという態度が処罰されるとしたならば、これは内面の意思に反する行為を強制されることになるので、個人の思想信条に係ることとして、充分に問題となりうるのである。不作為という消極的行動を全て処罰の対象としてはならないと言っているのではない。たとえば、集会が途中から違法性を帯びて来た為に権限ある当局から解散命令を下されたのにも拘わらず、なおかつ解散しない場合や、母親が育児を放棄して乳幼児を餓死させた場合などの不作為行動は処罰の対象となりうるであろう。しかし、自分の信条や意思に反する態度を表に現わすことを強制されるのは、いかに監督的立場にある公務員(たとえば教師)であったとしても、酷であり問題であろう。

「尊敬」とか「愛」といった内面に密かに湛えられた気持ちを強制的に表に引きずり出して、押し付けた別の感情を抱けと命令することのおかしさは、例えて言うならば、「私を心から愛せ!」と、嫌がっている相手に刃物を突きつけることに等しいのである。

 それでは民間の組織体の中で定められた規則や定めに対してはどうであろうか。国家と違いそのような組織体は自分の意志で離脱が容易なのだから、もともとそこで決まっている定めに反対でありどうしてもその定めに従った行動を今後も採りたくないのであれば、その構成員は、その組織を離脱すればよいのではないかという見方がある。だが、民間であっても国家と同じようにそこから離脱することができないか困難な組織体も多いのである.たとえば会社であり労働組合であり、学校であり学校のクラブ組織などである。もちろん会社や学校はともかくも、労働組合や学校のクラブならば簡単に辞めればよいではないかと言えそうであるが、大企業の労働組合の多くは会社とユニオンショップ協定を結び、その会社には一つの労働組合しか認めず、その労組を脱退すれば会社も退社せざるをえないことになっているし(本来の主旨は、会社が労組潰しを目的に自らの息のかかった第二組合の結成を防ぐために設けられた制度なのであるが、現実には、認められた唯一の労組自体が会社に懐柔されてしまい、その姿勢を糾弾するための新たな労組の出現を会社とともに既存の労組が一体となって阻止するために利用されている)、また、学校のクラブ活動も、その学生にとっては学校よりも大きな意義を持っている場合も多い筈である.まして会社や学校そのものを辞めるのはそう簡単にできるものではない。

 だから「嫌なら辞めろ!」と言うのは酷なことになる。ましてその決めたこと・決まったことなるものがその組織本来の直接の目的ではない場合、たとえば、「今度の選挙では労組としては、○○党の候補者を応援しよう」「△△校と姉妹校となろう」であったとして、その組織からの締め付けが強烈で、「◇◇党を応援してはならない!」「××校の学生と付き合ってはならない!」とされ、違反したら除名処分を含む処罰の対象とされるという程のものであったとすると、これはもはや憲法の保障する基本的人権の侵害とみなされてもやむをえないことになる。

 このような場合、決めたこと・決まったことだから守らなければならないなどと自粛すべきでないのは当然である。いやむしろ、そのような基本的人権に係ることは組織体として決め得ること・決めることができることではないのだから、決めてはならないこととして、たとい決めたとしてもその決議は無効なのだと突っぱねるべきである。組織体の中には、少数でも反対意見の表明を野放しにしたくないために、あえて、決議を行って「決めたこと・決まったことだから黙れ!」と日常の場での少数の発言ですら押さえ込むことを狙う企みすらあるのである。

以 上

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